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ラブラッドな声
献血に協力した人の声

まひろちゃん献血

山元 忠良さん 
 

200人でつながった命

私の娘は3歳で急性白血病を発症し5歳で天国に逝きました。2年間の闘病中、娘の命を繋いでくださったのは、約200人の見知らぬ誰かが献血をし分けてくれた血液です。

仲間がつないだ命

私は野球が趣味で、地元で草野球チームに所属し仲間達と野球を楽しんでいます。娘が闘病中、野球仲間から「輸血用血液が不足しているらしいじゃないか!だから、自分達で献血バスを呼んで献血するわ!」と声があがりました。そして、この1ヶ月後、自主開催の少年野球大会会場に献血バスを招き献血を実施しました。闘病中の娘も当日に合わせ外出し献血会場にかけつけ、沢山の人から元気をもらいました。この4ヶ月後娘は天国に逝ってしまいましたが、仲間達から「まひろ(娘の名前)と同じ様に輸血を必要としている人はいるのだから、今後も献血活動は続けよう!」となり、この毎年行う少年野球大会や人が集まる地元のお祭り会場に献血バスを招き、啓発の意味を込め娘の名前から「まひろちゃん献血」として活動することになりました。

次につながる命

娘が亡くなり10年が経ち「まひろちゃん献血」は20回を越えました。ある仲間からは、「お前ら親子に会ってなかったら、輸血の現状知らんかったし献血することも一生なかったわ!」と言われました。娘が病気になり私が知った事は「献血で集められた血液は、約80%が病気の人に使われる。そして、その輸血用血液が慢性的に不足している。」という現状です。
私は、献血と輸血用血液の危機的状況をひとりでも多くの人に知ってもらいたいと思っています。知れば人は行動してくれます。
私は娘との闘病生活の中で、小児病棟のクリーンルームでたくさんの幼い子供たちが病気と闘い、そして輸血をしているのを見てきました。輸血しないと治療に挑めない、輸血用の血液が届かないと命が繋がれない・・・
今、この時間にも輸血を必要としている人がいます。ぜひあなたの力を貸してください。